第7ほっとらいん

伝えたいことがマッチングしたらいいよね。

【うごメモ】はてなが思い出させる〇〇の思い出

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こんにちは。ぬのぐるいです。皆さんはうごくメモ帳うごメモはてなを覚えていますか…?

そう、苦い思い出も楽しい思い出も詰め込んだあの緑色のプラットフォーム…私にとってはほぼ黒歴史ですけども笑

今日ははてなスターをみてノスタルジーモードに入ってしまった管理人のただの思い出話をしましょう。

 

3DSを捨ててまでやりたかったうごメモ

◯プレゼントで親にも店員にも引かれた

さて、私のうごメモとの出会いは、当時3DSが出ていたにもかかわらずそれを蹴ってまで手に入れたDSiでした。年齢の話はやめてねうごメモの説明を見て一目で欲しくなったのです。

この頃親は「最新のゲーム機にすればいいのに!」と何回も言いましたが、私は聞きませんでした。どうしてもうごメモをやりたかったようですね。なんだかんだ親は「え、3DSじゃないんですか…?って言われたよ!」と言いながら買ってくれました。

◯アニメが作れる点は何よりのポイント

うごメモの魅力は、なんといっても動く絵が描けるところでしょう。子供たちの多くが見るであろうアニメを自身で手掛けられるのは、当時のちびっ子たちのビッグドリームと言っても過言ではありません。

また、当時漫画家を志していた(幼かったからね!!!)私は、うごメモのトーン的な色塗り機能にも惚れていました。実際それで漫画を書くこともできましたし、夢が叶った感じがしたんだと思います。

うごメモあるある

うごメモシアターが閉まってからもう7年も経ってしまったらしいです。この程度の年季なら、まだうごメモを知らない世代は少ないとは思います。(3DS版もあったしな!)

しかし、あのシアターの文化はさまざまなサービスの登場、特にYouTubeの影響によって薄れつつあるのではないでしょうか。ここで、当時の思い出をここでまとめて振り返ってみましょう。

◯友募、友確

あの頃のうごメモシアターには、「友」という非公式な概念がありました。今で言うフォロワーさん、みたいな意味でしょうか。

当時のちびっ子たちは、うごメモでの交流を求めて、よく友を募集したり、その確認のために友かどうか、これからも友でいるのか、といった友確なる行為を慣習として行っておりました。

友募は今の〇〇好きと繋がりたいとかに通じるものがありますが、友確は今見るとちょっと不思議ですね。

◯交換日記

これは個人的によくこんなことやれたな!の代名詞です。これは先程の友なる人たちとメモを使って行う交換日記なのですが…

実は自分もやっていたら学校の授業の話とか、席替えの話までしてました…これ、今やったら普通に危なめな行為ですよね。ネットリテラシー大事。

◯棒人間

うごメモシアターで流行ってた作品は、大抵棒人間ものだったと思います。自分もギャグ系の棒人間アニメはよく見ていました。友達も棒人間作品を描いてる人が多かったですね。

それだけにオリ棒とか言うジャンルはすごいノスタルジーを感じます。個人的な感想ですが。

有名作者さんの何人かはYouTubeでも活躍しているそうです。ずっと作ることを続けられるのは、その作品ファンには喜ばしいことだと思いますし、尊敬できることだと思います。

さよなら、うごメモ

◯突然の知らせ

そんなDSiうごメモも、7年前の5月にその幕を閉じました。当時はたくさんの子供たちが驚き悲しみましたね。もちろん大人の作者さんもいましたが…

◯諦めがつかなかった

中にはうごメモの終了の中止を受け入れられず、反対運動をしている人たちもいたと思います。正直、私も初めはそれに賛同していました。

やっぱり良くも悪くも楽しいところでしたから、急に終わると子供としては怒りたくもなりますよね。しかも3DS版は課金要素がありましたから。

これが多分人生で初のサービス終了に立ち会った場面だと思います…

◯最終的に受け入れた

そんな反抗心も、終わりに近づくうちに消えていき、1ヶ月前ほどには最後のメモを投稿し、その心の準備ができていました。

やっぱりサービス終了は会社の都合で、受けている側ではどうしようもない部分が大きいのです。

その意味でこのうごメモはてなは、私にとっては大事な思い出だけでなく、心を少し大人にしてくれた場所だと思います。

 

ということで、今回はうごメモはてなの思い出をだらだらと語ってみました。うごメモはてな世代の人が読んで…そんな時代もあったなとノスタルジーにひたってくれるような記事になったのなら幸いです。一緒に過去の黒歴史を思い出して悶えましょう(暗黒微笑)

ここまで読んでくださりありがとうございます。それではまた。